一万石以上の城
概要
沼津城(ぬまづじょう)は、静岡県沼津市にある日本の城である。
安永6年(1777年)に、水野忠友が2万石で沼津に城地を与えられ、廃城後荒れていた三枚橋城の跡地に築城。梯郭式平山城で狩野川に隣接して本丸、その北西に二の丸三ノ丸が造られていた。天守に相当する三層の櫓を本丸に建て、二の丸に御殿を置いた。最終的には、水野家8代の5万石の城下町として栄えた。
一時期沼津兵学校が置かれたものの、明治5年には東京に移転し、明治6年廃城令を待たずして破却されることになった。敷地は民間に払い下げられ、度重なる大火や道路の新設、堀の埋め立て等を経て、城郭は失われた。現在は大手町という地名が残るだけであるが、本丸跡は中央公園として整備され「沼津城本丸址」の碑が建つ。ここまでほぼ完全に破壊された城も珍しいといわれるが、数少ない現存する遺構として、市内の光長寺辻之坊山門が、城門(中庭門とも)が移築されたものと伝えられている。また、市内香貫の民家に奥座敷があったとの事だが、現在では取り壊されている。
(出典元:Wikipedia)
沼津城案内板
沼津城は別名・観潮城とよばれたという
沼津城本丸址石碑
周囲の石は付近で工事の際に発見された三枚橋城の石垣に使われていたものという
沼津城跡付近
付近は中央公園となっている
名称
- 沼津城
別名
- 観潮城
城郭構造
- 梯郭式平山城
築城主
- 水野忠友
主な城主
- 水野氏
築城年
- 1777年
江戸期石高
- 沼津藩・水野氏5万石
遺構
- 石垣
所在地
- 静岡県沼津市
沢瀉
水野氏の家紋である