日本の100名城 085番
一万石以上の城
国の重要文化財
概要
福岡城(ふくおかじょう)は、現在の福岡県福岡市中央区に築かれた江戸時代の日本の城。別名、舞鶴城、石城。国の史跡に指定されている。
江戸時代初頭、関ヶ原の戦いで功績のあった外様大名の黒田長政が、博多を望む警固村福崎の丘陵地に築いた。それ以降は明治まで福岡藩黒田氏の居城となった。築城の際に、福崎を黒田家ゆかりの地である備前国福岡(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)の地名にちなみ「福岡」と改めた。福崎丘陵に築かれた平山城。普請奉行は野口佐助一成である。城地とされた福崎丘陵(那珂郡警固村福崎)は、博多と那珂川を挟んだ西側に位置する。
現在、城跡には現存櫓や移築された櫓や城門、復元された櫓や城門が点在し、南二の丸多聞櫓とそれに続く南二の丸南隅櫓は国の重要文化財に、伝潮見櫓・大手門(下の橋大手門・渦見門)・移築復元の祈念櫓・母里太兵衛邸長屋門が福岡県指定文化財に、名島門が福岡市文化財にそれぞれ指定されている。また、南二の丸多聞櫓に続く北隅櫓が復元されている。なお、平和台球場跡から出土した国史跡鴻臚館跡がある三の丸跡は二重史跡である。
毎年春には「福岡城さくらまつり」や「おおほりまつり」が開催され、光雲神社から城跡まで黒田孝高、黒田長政、黒田二十四騎に扮した有名人などの勇壮なパレードも行われる。二の丸の鴻臚館広場にて演武なども行われる。
(出典元:Wikipedia)
天守台
もともと天守が存在したかは不明である
現存する祈念櫓
鬼門封じのために建立されたといわれている
名島門
元々は名島城の城門であった
名称
- 福岡城
別名
- 舞鶴城、石城
城郭構造
- 梯郭式平山城
築城主
- 黒田長政
主な城主
- 黒田氏
築城年
- 1601年
江戸期石高
- 福岡藩・黒田氏52万3千余石
遺構
- 櫓4棟、門3棟、石垣、堀
所在地
- 福岡県福岡市
黒田藤
黒田氏の家紋である