浜田城
一万石以上の城
島根県指定史跡

概要

浜田城(はまだじょう)は、島根県浜田市にある日本の城である。
江戸時代には浜田藩の藩庁が置かれていた。
浜田市中心部にある浜田川に囲まれた標高68メートルの独立式丘陵に築城された。この丘陵は別名、亀山と呼ばれている。本丸の下に狭い二の丸・三の丸・出丸が配されている。北部を松原湾、東部を浅井川、南部・西部を浜田川によって天然の掘割としていた。
浜田城を藩庁とした浜田藩は最初の藩主・古田氏以外は譜代・親藩が入れ替わり治め、長州藩に対する山陰側の押さえの最前線とされた。
建物は長州征伐で長州藩軍に攻められた際に(当時の浜田藩主は松平武聡)、城を捨てて藩兵が火を放ち殆どが焼失した。
現在は城山公園として、本丸から三の丸にかけて階段状に石垣が残り、登城口に津和野藩武家屋敷より移築された門がある。ただし、往時此処には門は存在していない。また、登城口には小説家司馬遼太郎の碑文「浜田藩追懐の碑」がある。

(出典元:Wikipedia)

移築された津和野藩武家屋敷の門

登城口には津和野藩武家屋敷から移築された門がある

石垣

現在は本丸から三の丸にかけて階段状に石垣が残っている

浜田城跡の碑

江戸時代には浜田藩の藩庁が置かれていた

名称

    • 浜田城

別名

    • 亀山城

城郭構造

    • 梯郭式平山城

築城主

    • 古田重治

主な城主

    • 古田氏、本多氏、越智松平家

築城年

    • 1619年

江戸期石高

    • 浜田藩・松井松平氏6万5千石

遺構

    • 石垣、土塁、移築門(他所より移築)

所在地

    • 島根県浜田市

葵紋(一例として)

葵紋
諸説が多数あるため一例である