一万石以上の城
市指定有形文化財
概要
烏山城(からすやまじょう)は、栃木県那須烏山市にある日本の城である。
江戸時代には、烏山藩の政庁となり短期間に城主が交代した。成田氏・松下氏・堀氏・板倉氏を経て、天和元年(1681年)、徳川4代将軍徳川家綱の叔父にあたる那須資祗が2万石で旧領に復帰するが、貞享4年(1687年)、子の那須資徳の時、お家騒動で改易。以後、永井氏・稲垣氏を挟み、享保10年(1725年)、大久保常春の入封後は、大久保氏が城主を務め、明治2年(1869年)、版籍奉還と共に廃城となった。明治5年(1872年)には、積雪によって三ノ丸御殿が倒壊、明治6年(1873年)には、失火によって、古本丸、二ノ丸、中城、北城の建物を焼失した。
(出典元:Wikipedia)
寿亀山神社入口
三の丸跡の横にある
正門跡
石垣を確認できる
吹貫門跡
多くはないが石垣が点在している
名称
- 烏山城
別名
- 臥牛城
城郭構造
- 山城
築城主
- 那須資重
主な城主
- 那須氏、成田氏、板倉氏、堀氏、大久保氏など
築城年
- 1418年
江戸期石高
- 烏山藩・板倉氏5万石
遺構
- 現存 石垣、土塁
所在地
- 栃木県那須烏山市
一文字
那須氏の家紋である