芥川山城
国の史跡

概要

芥川山城(あくたがわさんじょう)は、大阪府高槻市の三好山にあった日本の城である。
芥川山城は飯盛山城と共に大阪府下では最も規模が大きな城跡で、遺構の残存状態も良好で戦国時代の典型的な山城である。
芥川山城は標高182.6mの三好山に築城されている。東に隣接する帯仕山の方が192.3mと高いが、山頂部がなだらかであるため城郭には不向きで、摂津峡の切り立った断崖など、地形を重視して選地されたと推定される。戦国時代に山城を築く場合に、どのような山を選地したか、どのような考えで城郭を築いたかの参考となる城である。
高槻市北部に位置し、北・西・南の三方を芥川で囲まれて、急崖の上、天然の要害として築城された。
古文書に「芥川城」とだけ記載されている場合は、殿町周辺にあった芥川城のことなのか、三好山にあった芥川山城を指しているのか、はっきりしないことがある。これは芥川城の廃城時期が明確でないためである。また、芥川城および芥川山城を細川政元以来の細川政権、その後継と言える三好政権の本拠地(政庁の所在地)として捉え、芥川山城の築城もその流れの中で考える見方もある。

当時の呼称は「芥川城」であるが、同じ高槻市殿町周辺にあった城も「芥川城」と呼ばれており、『高槻市史』が便宜上、三好山にあった城を「芥川山城」と呼称したことから、現在多くの文献でも「芥川山城」と呼ばれている。2017年(平成29年)4月6日、「続日本100名城」(159番)に選定された。

(出典元:Wikipedia)

つちやうみまるの意思を継いでヒロキが行ってきました

本丸跡

本格的な御殿建築だったと推定されている

石垣

大手の谷筋に築かれた石垣が残る

山頂(三好山)

山頂部からの眺望がすばらしく、トレッキングの方も多く訪れる

名称

    • 芥川山城

別名

    • 芥川城、原城、三好山城

城郭構造

    • 連郭式山城

築城主

    • 細川高国

主な城主

    • 能勢氏、細川晴元、三好氏、和田惟政、高山氏

築城年

    • 永正12–13年(1515–1516年)

江戸期石高

    • 不明

遺構

    • 曲輪、堀切、石垣、土塁、土橋、虎口

所在地

    • 大阪府高槻市

三階菱に五つ釘抜

三好家の家紋である