国の史跡
概要
飯盛山城(いいもりやまじょう)は、河内国讃良郡飯盛山(大阪府大東市及び四條畷市)にあった日本の城である。
日本の中世史、中世城郭史を研究する上で、飯盛山城は重要な位置を占める。河内と大和との間には生駒山脈が南北に走り、これが国境となっている。飯盛山城は、その生駒山脈の北西支脈に位置している飯盛山に築かれている。
中世の山城としては、かなり大きな部類に属し、強固な要塞であった。全盛期には、南北に1200m、東西に500mに達し、70以上の曲輪が確認されている。
楠木正行と高師直が戦った四條畷の戦いの古戦場でもあったため、山頂には吉野山の方向を向いている楠木正行の銅像(1938年(昭和13年)建立)が建っている。
付近一帯はハイキングコースとして整備されており、「野崎観音 - 野崎城跡 - 飯盛山城跡 - 山頂 - 四條畷神社」のコースが良く利用されるほか、複数のコースがある。
(出典元:Wikipedia)
つちやうみまるの意思を継いでヒロキが行ってきました
飯盛城跡
山頂に建てられている石碑
石垣
本郭の周囲は石垣によって築かれている
展望
山頂の高櫓郭からは、大阪平野が一望できます
名称
- 飯盛城
別名
- 飯盛城
城郭構造
- 山城
築城主
- 佐々目憲法か木沢長政
主な城主
- 木沢長政、安見宗房、三好長慶、三好義継
築城年
- 建武年間(1334年 - 1338年)
江戸期石高
- 不明
遺構
- 石垣・竪堀・畝状竪堀群・堀切・井戸跡
所在地
- 大阪府生駒山地北西枝
三階菱に五つ釘抜
三好家の家紋である
